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90年代中盤、BLACK MUSICにのめり込む。と同時にリリックを綴るようになり音楽活動をスタートさせる。デモテープを配りながら関西圏でライブをスタート。高校卒業と同時に訪れたNY、ハーレムの教会でゴスペルに強い衝撃を受ける。
2000年、プロデューサー、トラックメイカーであるBACH LOGICとの出逢いによりラッパーとしての活動に一心する。ハスキーボイスと粘着質のある独特なフロウがclubシーンで話題となり、2004年、コロムビアミュージックエンターティメントと契約。「Brave New World」でデビュー。当時のアーティスト名は「NORISIAM-X」
同年、FM横浜で自身の番組をスタートさせメインパーソナリティを務める。
2005年、2nd Alubm「N☆X☆R☆2」を発売。
Maxi Single「Pop Them Botlles」を発売。客演に朋友JAY’EDを迎え、アルコール飲料ZIMAの大型CMタイアップを受けた。
2008年、カテゴリーに囚われないジャンルレスな音楽性を求め、フリーランスに転向。
名を「URALi」に改名。
2009年、エジプトからヨーロッパへ。ニューサウンドを求め、バックパッカーとして旅に出る。帰国後、ボイスレコーダーに録音してきた様々なエレクトリックな音とジャンルレスな世界を散りばめた『Departure』を発売。イタリアで出逢った俳優兼、ミュージシャンであるHystとのコラボレーション作品も納められている。ジャケット、音源、MV、すべて本人がディレクション&プロデュースを手がけた。ヒップホップの範疇を越えるセンセーショナルなサウンドは日本版「M.I.A」と評される。
「My Life Is One Way…feat EMIMARIA」がレク直club部門ランキング1位。
同年、活動の拠点を東京へ移す。
2010年、single配信、「i.M.G…」を発売。得意とするダンスチューンとフロウで全国のダンサーから絶大な支持を得る。
2011年、学校ライブなど、Clubから飛び出し、新しい現場での活動をスタートさせる。
2012年、別名儀で電子書籍「誕生日のまほう」を出版。絵本と音楽のコラボイベントを主宰、親子に向けて音楽を発信。
同年、これまでの打ち込みサウンドに生楽器を多用し、新しい表現方法を試みた「LOVE is LIFE」を発売。自主レーベル「マタタビ・オーケストラ」を開設。
大阪で行われた3年ぶりのリリースライブは大盛況で幕を閉じた。
表題曲である「Love Is Life〜ねぇママ、ねぇパパ」はBS11ブックTVのエンディングテーマとして起用。
2013年、拠点を京都に戻す。
カフェやライブハウスでの活動と平行して、イベント主宰や、企画、ワークショップ、講演活動など、幅広い層に、音楽を通じてメッセージを届けはじめる。
自身の幼少期の苦悩や、経験をオープンにした軽快なトークと、ありのままの歌声は、子どもたち、そしてその親たち、また保育士、教師、学校関係者に大きな反響を呼び、全国の教育施設からオファーが殺到する。そして親交のあるゴスペルグループ「Without You」と共に全国の少年院での慰問ライブも精力的に行っている。

泣いて笑って喜努愛楽。ありのまま生きる、ということの素晴らしさをURALiは音楽を通じてこれからも世界中へ届けてゆくだろう。

ja.wikipedia.org/wiki/URALi